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『ある女流作家の罪と罰』感想~拝啓リー・イスラエル様

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出典:IMDB

今から50年ほど前に作家・三島由紀夫が書いた 『三島由紀夫レター教室』という本があります。この本は、5人の登場人物による手紙がストーリー仕立てに紹介され、それがそのまま手紙の書き方を指南するレター教室になるという体裁をとった、一風変わった作品です。

天才作家による遊び心の効いた洒落まじりの本ですが、このなかで三島は年齢性別の違う5人の人間による手紙をさまざまな筆致や内容で書きつづっていて、作家ならではの巧みな書き分けを存分に発揮しています。

今日取り上げる『ある女流作家の罪と罰』は、これと似た、作家ならではの技能を使って犯罪をおかしていく実在のアメリカ人作家、リー・イスラエルを描いた伝記映画です。

去年のアカデミー賞で三部門(主演女優賞、助演男優賞、脚色賞)にノミネートされながら日本では劇場公開されなかった作品のようですが、誰もがこの主人公になり得る可能性のある普遍的な話でもあり、映画としても非常に面白かったので、手紙という形式で感想をつづっていきたいと思います。

ネタバレらしいネタバレのある映画ではありませんが、映画の終わりのほうの内容にも触れているので、未見で内容を知りたくない人はご注意ください。

 

作品概要

Can You Ever Forgive Me?/2018年製作/106分/アメリ

監督:マリエル・ヘラー

出演:メリッサ・マッカーシー、リチャード・E・グラント、ドリー・ウェルズ、ジェーン・カーティン他

 

あらすじ

かつてベストセラー作家だったリーも、今ではアルコールに溺れ、仕事も続かず、家賃も滞納、愛する飼い猫の病院代も払えない。生きるために著作を古書店に売ろうとするが店員に冷たくあしらわれ、かつてのエージェントにも相手にされない。どん底の生活から抜け出すため、大切にしていた大女優キャサリン・ヘプバーンからの手紙を古書店に売るリー。それが意外な高値で売れたことから、セレブの手紙はコレクター相手のビジネスになると味をしめたリーは、古いタイプライターを買い、紙を加工し、有名人の手紙を偽造しはじめる。様々な有名人の手紙を偽造しては、友人のジャックと売り歩き、大金を手にするリー。しかし、あるコレクターが、リーが創作した手紙を偽物だと言い出したことから疑惑が広がり…
公式サイトより引用 

 

感想

拝啓 リー・イスラエル

私があなたを知ったのは、マリエル・ヘラーという女性監督による『ある女流作家の罪と罰』という作品です。この映画は、あなたが書いた自伝をもとに作られた作品のようですね。日本で暮らし英語もできない私には伝記作家だったあなたのことは知るよしもありませんでした。お許しください。ついでに言うと、あなたがずっと伝記本を書きたがっていたファニー・ブライスという喜劇女優も知りません。ご容赦ください。

昔は売れていたあなたが、お金に困り、愛する飼い猫を病院に連れて行くお金もない状態だったことに関しては、まことに同情いたします。かつてキャサリン・ヘプバーンからもらった手紙を古書店に売ってしまうのは、とても心苦しいものだったと想像します。しかし、著名人のユニークな内容の手紙が高値で売買されていると知ったあなたがとった行動は、作家として、いや、人としていかがなものかと思いました。

作家や有名人の文体を真似して手紙を書いて、それを彼らのものとして古書店に売るのは立派な犯罪です!作家としてのプライドはないのですか? いくら困窮していたとしても…。

とはいえ、あなたはさすがに伝記作家ですね。今は亡き著名人たちについて詳しいあなたは、熟練の書店員たちも騙すほどに、彼らの手紙を捏造してみせました。私は最初、罪と罰というタイトルを見て、作家の映画だからどうせ盗作か何かだろうと高をくくっていたんですよ。ところが、あなたがして見せたのは、無から有を生み出すひと手間かかった作業でした。あっぱれです。

しかもあなたの書く手紙は、書店員や収集家が喜ぶような、機知に富んだものでしたね。あけすけな毒舌も印象的でした。これはきっとあなたの皮肉屋な面が活かされていたんだろうと思います。映画を観ただけで判断してしまって申し訳ないですが、あなたはぶっきらぼうで、すぐに嫌味を言って、いつも何かに怒っていて、社交性の欠けた人間に見えました。と同時に、裏表のない正直な人にも見えました。皮肉なユーモアを含んだ手紙は、あなたの真骨頂と言えたのではないでしょうか。

きっとあなたが手紙を書くのにチョイスした有名人も、そんなあなたと相性がいい人たちだったんでしょうね。だからこそ彼らになりきり、騙すことができたのでしょう。とはいえ、自分の捏造した手紙に誇りを持ち、それらを自分の作品だと主張していたあなたには、はたから見て疑問も浮かびました。

そして、上には上がいるものですね。収集家によって、あなたの捏造は儚くもバレてしまいます。

法廷に立ったあなたの言葉はとても正直なものに聴こえました。「捏造をしていたときが自分の人生で最良のときだった」「この何年かで自分の仕事に誇りを持てたのは唯一あれだけだった」と。そしてあれは自分の作品だとかたくなに主張していたあなたが、結局あれは自分の本当の作品ではなかったと認め、「本当の自分の作品で勝負すればたちまち批評や批判にさらされる。そこに飛び込む勇気が私にはなかった」と話してくれました。

自分が書いた文章の面白さを褒められたら嬉しくなる気持ちは分かります。きっとあなたが書いたと知らない人たちの言葉を聞いて、承認欲求が満たされる思いになったんじゃないでしょうか。しかし、あなたが言うように、有名人の名前やステータスを盗んだ作品は本当の自分のものではありません。あなたは自分に自信がなく、安易な道へと落ちていってしまったのでしょう。

あなたを見ていたら、私自身も犯罪をおかしたあなたのようになりうるし、もしかしたら誰しもがあなたになりうるのではないかと思いました。

今の時代は「何を言ったかではなくて、誰が言ったかが大事な時代だ」というような意見も多く目にします(もはやそれを誰が言い出したのかも分かりませんが)。「自分になんて誰にも興味を持たないし、どこが良いのか分からないあの人がSNSで人気だったりするし、もう自分なんかはダメだ!」なんて、思考に陥ってしまいやすい世の中です。もしかすると、楽して得をしている人たちにならって、自分の信条を捨ててしまう人も出てくるかもしれません。

しかし、本当に真意をついている言葉は、それが誰の口から発せられた言葉であろうと必ず不変の価値あるものになるはずです。そしてそれは言葉という表現に限りません。

そういう意味では、あなたの書いた手紙は、有名な誰それが書いたものだからこそありがたがる人たちが居たわけで、価値のあるものではなかったのかもしれませんね。すみません、急に突き放して。

とはいえあなたから学ばせてもらったことに感謝したい気持ちでいっぱいです。友達の居なかったあなたが、孤独で似た者同士なところのあるゲイの友達と楽しく過ごした日々と彼との友情にはグッときました。

通常、犯罪者が自分のおかした悪いことを書きつづった自伝本を書いて儲けることには何だかモヤっとしてしまうことも多いですが、非常にためになるものだったし、自分について書くことがあなたにとっての本当の創作だったため、嫌な気持ちはまったくしていません。儲かったかどうかも不明ですしね。

今あなたは天国に居るようなので、この手紙が届くかどうかは分かりませんが、添削などせずお手柔らかに読んでいただければ幸いです。

日本のしがない映画ブロガーより

 

P.S. メリッサ・マッカーシーという女優とリチャード・E・グラントという俳優が、あなたとあなたのゲイの友達を好演していました。良い映画になっていたので、機会があれば観てみてくださいね。