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『女王陛下のお気に入り』感想と若干考察~三人の女優が凄いし、監督も凄い

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(C)2018 Twentieth Century Fox

ヨルゴス・ランティモス監督作『女王陛下のお気に入り』を鑑賞。

いやー観たかった作品だけど想像以上の面白さだったー。宮廷を舞台に繰り広げられる、女王アンと二人の女官の三つ巴の愛憎劇。これだけ聞けばよくありそうな宮廷ものに思えるけど、監督がヨルゴス・ランティモスということで、一癖も二癖もありながら素晴らしい作品に仕上がってました。

ちなみにストーリーは基本的に史実どおりらしいです。ということで感想です。

 

作品概要

The Favourite/2018年製作/120分/アイルランド・イギリス・アメリ

監督:ヨルゴス・ランティモス

出演:オリヴィア・コールマンエマ・ストーンレイチェル・ワイズニコラス・ホルト

 

あらすじ

時は18世紀初頭、アン女王が統治するイングランドはフランスと交戦中だった。アン女王を意のままに操り、絶大なる権力を握る女官長のレディ・サラ。そこにサラの従妹で上流階級から没落したアビゲイルがやってきて、召使として働くことになる。サラに気に入られ侍女に昇格したアビゲイルだったが、ある夜、アン女王とサラが友情以上の親密さを露わにする様子を目撃してしまう。サラが議会へ出ている間、アン女王の遊び相手を命じられたアビゲイルは少しずつ女王の心をつかんでいった。権力に翳りが見えたサラに、大きな危機が訪れる。それはいつの間にか野心を目覚めさせていたアビゲイルの思いがけない行動だった……。

公式サイトより引用 

  

感想(ネタバレなし)

徹底的な作り込み

書きたいことがたくさんある映画でしたが、まずは監督ヨルゴス・ランティモスの徹底した映画の作り込みについて。

ヨルゴス・ランティモスギリシャ人の監督で、今までに『籠の中の乙女』(2009)『ロブスター』(2015)『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)といった作品を撮っています。

私は『ロブスター』しか観たことないですが、この映画は「結婚しない人間は罰として動物に変えられてしまう」という世界を舞台にした寓意に満ちた不条理劇で、ブラックユーモア、シニカル、シュールといった言葉が似合う作品でした。

そしてそんな作劇は本作『女王陛下のお気に入り』にも通底していて、宮廷という一つの閉じられた世界をブラックな笑いで包みながら寓意的に作り込んでいます。

とても印象的だったのが、広角レンズや魚眼レンズを使ったゆがみのある映像の数々。これらは彼女たちが生活する宮廷内や庭を何か不自然なものに見せます。普通のレンズでは見えない広すぎる天井や空、地面がいびつ極まりなく、どこか現実の世界とは乖離しているような印象を与えていて寓話性を際立たせます。

黒を基調にした衣装や画面も素晴らしく、自然光や蝋燭の灯りだけを使ったという光の演出も、美しい明暗を浮かび上がらせていて、映像的にも見応えのあるものになっていました。広角レンズも明暗もかなり好みの画だったので、私としてはもうこれだけで見たかいあるという気持ちになりました。

さらに音楽も良かったですし、何よりシーンの所々で一定のリズムで鳴る音の演出のサスペンスフルな効果よ。細かい動物の鳴き声や暖炉の燃える音もしっかりと乗せます。音といえば、イギリス英語の小気味良さも作品に活かしている感じがしました。

序盤に宮廷内の野蛮な遊びをスローモーションで見せ、醜さを際立たせておいて、中盤あるキャラクターが卑劣な行為をおかす箇所で、再びスローモーションの野蛮な遊びのシーンを織り交ぜ彼女の行為の醜さを強調させたりもします。

笑える箇所も多いし、とにかくまあ色んな面で作り込まれていて、ディテールの細かさに唸りました。

 

感想(ネタバレあり)

これぞほんとの三つ巴

物語の中心人物は以下の三名。

アン女王に信頼を置かれ政治を左右する絶大な権力を持ち、女王と肉体関係まであるサラ。そこへ召使として宮殿へやってきたアビゲイルが割り込みサラの座を脅かそうとする。そこから生まれる悲喜劇が本作の筋です。

この三人が文字通りの三つ巴合戦を繰り広げるわけですが、こんなにも三人の登場人物を同じバランスで描き込んだ作品が他にあるでしょうか。本当に三人が全員主役なんだこの映画は。キャラクターの立ち方、役者の演技、役の深み、三名ともに同じバランスで素晴らしくて、誰にも多面性があって感情移入できる映画となっている。これだけでもう賞賛ものでした。

アビゲイルは、野心をむき出しにして卑怯な手を使ってまでして女王に取り入っていき、結果的にサラの座を奪うわけですが、彼女が最初からそんな青写真を描いていたかというと、そういうわけではなく。もちろん、元々はレディーで現在の身の上に満足していたわけではないから、折を見計らってサラと女王の信頼を得て少しでも上に行こうとしていたわけですが、そんな彼女の存在に危険を感じたサラの扱いによって、彼女の野心に火がついてしまったわけです。見ようによっては、アビゲイルは二人に巻き込まれてしまったとも言えます。サラに変わる存在になったとして絶対に苦労するのは分かり切ってるから、見てる側としては「やめとけぇ~」と言ってあげたくなるけれども渦中の彼女にはそんな視点はない。

サラはサラで、女王に対してときに冷たくあしらい、ときに優しくなり、幼馴染ならではの親密さと辛辣さを保っていますが、政治や宮中の仕事に忙しい彼女は女王に構ってあげられる時間も少なく、その隙に、いつの間にか女王とアビゲイルが親密な関係を築いていて、そこから彼女はアビゲイルとの戦闘モードに入っていきます。最初は権力を握って女王を意のままに操っているように見えるけど、アビゲイルとは違ってサラは本当に女王のことを愛していたというのが分かるので、嫉妬という感情によって悪循環に陥る彼女にちょっと同情してしまいます。

そして女王アン。アンはとにかく子供みたいな君主で、政治はさっぱりだし、だらしないし、泣きわめくし、すねるし、弱い者にあたるし、まあとにかく権力が作り上げた奇怪なモンスターです。しかし容姿のコンプレックスがあったり、何より17人もの子供を亡くしている不幸な女性で、非常に繊細な人でもあります。彼女が飼う17匹のウサギは亡くなった子供の名前がつけられています。そしてそんなウサギたちを可愛がってくれたことによってアビゲイルに信頼を寄せていくわけですが、サラとアビゲイル二人から取り合いされている状況に喜ぶ様子がなんとも下衆かったりします。ちなみにアン女王が落ち度のない若い綺麗な従僕たちを怒鳴り散らすシーンが結構あるんですが、そこは彼女が寵愛するのが女性だからその対比になっていたのかなと。全然関係ないけど、数日帰ってこないサラの不在に耐えかねてアン女王が言う「サラを探しなさい!」という言葉に、灯りで部屋を見渡す従僕のシーンは可笑しかった。こういう些細な笑えるシーン入れてくれるの好きw

 

ラストシーンに感じたもの

そして終盤、アビゲイルが仕掛けた策謀によってサラは追放され、残ったアン女王とアビゲイル嬢のラストシーンへ向かっていくわけですが、このラストシーンがこの映画の肝となっていて非常に良かったです。

ウサギを踏みつけたアビゲイルを見て、彼女の本性に気付いたアン女王。立ったまま痛風の足をアビゲイルに揉ませ、彼女の頭を支えにしようと手を置いて髪の毛を掴み、アビゲイルに女王の優位を示します。しかし、一番見どころなのはそこからの二人の表情の変化で、アビゲイルとアン女王それぞれの顔のアップになり、二人とも苛立ちの表情から、次第に心はその場を離れ、遠くへ行ったような顔つきに。耳鳴りのようなキーンという音が聞こえてきます。

私には、二人とも、私は何をしてるんだろうという虚無の感情が宿ったように見えました。

アビゲイルにしてみれば、こんな策謀をするつもりではなかったことにようやく気付いたのだろうと。直前、サラからアン女王への手紙を読んだアビゲイルが涙を流し、そのあと彼女が手紙を捨てたことによってサラが国外追放になってしまい、それまでと打って変わって少し動揺した様子も描かれていました。きっとあの涙は、サラの女王に対する本当の情愛のこもった手紙に心を揺れ動かされたんだと思います。ラスト前に女王が倒れたところを助けようと駆け寄ったときに、わざわざ「Dear アン」と呼んでいたのも手紙の影響だろうなと思います。自分のしたことに少し気付きかけていた彼女でしたが、最終的に女王の足をさすりながら、やっと自分のやっていることの無意味さに気付いた様子でした。

女王も同じように、彼女の我儘や子供のような振る舞いが起こした行動によって、大事な存在だったサラという女性を失ってしまい、残ったのは、地位を手に入れるために自分に取り入ったアビゲイルだけと気付き、もはや自分には何もないということに気付いたのかなと。彼女は子供も失くしているのでそれを含めて空っぽな自分に直面してしまったのだろうと。

虚無感溢れるラストが本当に見事で、そこにウサギたちの映像が重なっていき、なんともいえない後味のラストとなっています。このラストシーンに代表されるように、ヨルゴス・ランティモス監督はキャラクターの表情を切り取ることによって感情のヒダを豊かに表現していて素晴らしかったし、演じた三人の女優たちは拍手喝采したくなるほどの演技でした。

オリヴィア・コールマンの演技は本当になかなか見られるようなものじゃなくてオスカーも完全に納得ものだし、レイチェル・ワイズの男前かつ情感のある演技もかっこよくエレガントで、エマ・ストーンの純朴さから野心家への変化の様子も見事だった。

良いものが観れました。